2026年11月2日月曜日

コワイ先生


── もはや時効となった話

男ありけり

      昔 男ありけり
      世田谷区の とある小学校にて学び
      生涯忘れ難い教師に出合いけり

担任の先生
 小学校時代の話である。当時通っていた学校には校内一怖いと言われている教師がいた(M先生としておこう)。多くの生徒たちが「あの先生、コワイよね」と話していたのを覚えている。本当かどうか疑わしい武勇伝を話す子もいた。私が五年生になるとき、たまたまその怖い(コワイ)と言われているM先生が私の担任になってしまったのである。それまでは、ずっと女性の教師が担任だったので男性教師は初めてである。増々怖さがつのってきていた。

 最初の授業の日、まだ全員の席次も決まっていないので皆教室の後ろの方にたむろして立ったままでM先生がくるのを待っていた。まもなくM先生が教室に入ってくると我々の方を見て突然叫んだのである。「帽子を被っているのは誰だ!」

 それは明らかに私のことであった。当時は学生帽などなかったので私は野球帽か何かを被っていたのだと思う。教壇の前に出てくるよう命じられた。まずいことになったと思ったが隠れている訳にはいかないので前に出て行った。私以外にも帽子を被っていた者がいて、結局3人が叱られることになった。

 私はぶん殴られるかもしれないと覚悟していたが、意外にもやさしい声で「帽子はどこで被る物なのかな?」と聞かれたので「外です」と答えた。叱られる場合は相手の顔に視線を向けて話を聞くよう教育されていたのだが、M先生はウルフの様な鋭い眼光の持ち主だったので私は正視するのが怖くて、何となく先生の口元辺りに視線をずらしてお説教を聞いていた。その後はやさしい口調で諭されただけであったが、最初の怒りはどこへ行ってしまったのか、口元の形はどう考えても微笑んでいるようにしか見えない。今は叱るのを楽しんでいるように見える。不思議な先生だなぁと思った。
 どうやら、最初にガツンとやって全員の気持ちを引き締めておこうという作戦だったようだ。私は絶好の獲物にされてしまったのである。

 以後、M先生を良く観察していてどんな場合に叱るのかが分かってくると段々と叱られないで済むようになってきた。ずっと担任は女性教師だったので緊張感が足りなかったのだ。私はこのとき、男社会の中で生きていく上での厳しさ(?)の一端に初めて触れたのかもしれない。そして、もっと強い精神力を持つ必要があること学んだのであった(おい、本当かよ?)。

 先生は運動ができるし、絵を描いたり粘土で焼き物を造ったりするのが得意で何でも器用にこなす素晴らしい先生であることが分かってきた。以後、卒業までこのM先生のお世話になった訳である。

お米を貸して
 ときどき家庭訪問ということでM先生が予告もなく家にやってくることがあった。家の中に入る訳ではなく庭先に突然姿を現し縁側に座って母親と話し込んでいたりする。私はM先生の姿を見つけると素早く姿を消すようにしていたので、何を話していたのかは分からない。

 ある秋の夜のことであった。家族全員が寝てしまった深夜になって庭に面した雨戸をホトホトと叩く音がする。内に向かって呼びかけている声も聞こえてくる。母親が雨戸を少し開いて何か話している。月明かりの中で母親と何か押し問答をしているようであった。どうやら相手はM先生の声のようである。「お米を貸して欲しい」と言っている。

 後で母親から詳しく聞いたところでは、先生はどうやら麻雀に夢中になって最終電車に乗り遅れ帰宅できなくなったらしい。当時は食糧事情が悪く米が不足していたので、どこかに泊りたければ必ず米を持参する習慣になっていた。そこで、M先生は私の家で米を借りて学校の宿直室にでも泊めてもらおうと考えたのだろう。家には米はあったと思うが、母親はM先生をそのまま返す訳にはいかないと考え、先生を家に泊めてあげようと押し問答をしていたらしい。
 母親が戻ってきて事の成り行きを説明してくれた。M先生は客間で寝てもらうことにしたとのことで、一同安心して眠りに着いたのであった。

 翌朝眼が覚めると、私はM先生が家で寝ていることを思い出した。同時に私は重大なことに気が付いたのである。このままでは、先生と一緒に朝食を摂ることになるかもしれない。朝食を摂ったらすぐ学校に行く時間になるから、当然先生と一緒に家を出て登校することになる。途中では先生と何を話せば良いのか。普段先生とは一対一で話をしたことなどない。物凄く気づまりである。学校まではかなりの距離があるから、その間どうしたらよいのか。もし級友に出会ったらどうしよう。先生と一緒に登校してくる生徒などどこにもいないから、当然うわさが流れて悪友たちにからかわれることになるに違いない。不安の種が後から後から頭に浮かんでくる。これは困ったことになった。

 起床してみると先生はまだ客間で寝ているとのことであった。ホッとした私は先生が起きて来る前に食事を済ませてさっさと学校へ行ってしまおうと考えた。幸いにも、出かける時間になっても先生はやはり起きてはこなかった。豪傑だなぁと私は思ったものだ。

 私は一人で家を出て学校へ向かったが、何も慌てることはない。先生は遅刻するに決まっているから、ゆっくりと登校すればよいのだと自分に言い聞かせた。学校に着き教室で皆と一緒にいつものように先生がくるのを待つ。先生はなかなか現れない。先生が時間通りに現れないなどということは今までなかったので皆は不審な顔をしていたが、すべての事情を知っている私は知らん顔をして何も言わないことにした。母親から口止めされた訳ではない。自分の判断でここは黙っているに限ると腹を決めたのである。皆と一緒に待ち続けることにした。

 先生は大分時間が経ってから教室に悠々と現れた。そして何事もなかったかのように普段通りに授業を始めたのである。私以外の生徒たちも何事もなくいつも通りの授業風景に戻っていった。この出来事を、今では誰も憶えていないと思う。しかし大きな秘密を抱えてしまった私だけは、容易には普段の状態に戻れなかったのである。

便所の落書き
 帰宅後、更に驚くことがあった。便所に入ると便所の壁に大きな落書きがしてあったのである。私は先生が書いたものだとすぐ分かったが、多分母親は信じないだろうとも考えた。こういうことは男の子がするものであって、年齢的にも私以外に犯人は考えられないからである。そう考えて、私は大いにうろたえることになった。

 しかし落書きをよく見ると、これは私には到底描けないことが明白となった。壁には鉛筆で直径約50センチ程のかなり大きな円(それも美しい真円だった)が描かれていて、その中に目鼻口が書き加えてある。大人にしか描けないような手慣れた作品(?)だったからである。私が描いたと思われる可能性はほとんどないことが分かった。私は直ぐに母親に報せて自分の無実を確実なものとした。母親はそれを見て唖然としていたが、それ以上何も言わなかった。先生は一体何を考えてこんな落書きをしたのだろう。変な先生だ。

 先生のこの落書きは、しばらくの間はそのままになっていたが、いつの頃か母親がきれいに消し去ってしまった。私は少し残念な思いが残ったが、何も言えなかった。現在のスマホ文化のもとで育った者だったら、早速カメラで撮影し記録に残していたことだろう。

酔っぱらいの豪傑先生?
 大人になってから思い返してみると、先生は酔っぱらっていたのだろうと思う。大体、麻雀に夢中になって遅くなり帰宅できなくなったというのからしてウソくさい。お米を貸して欲しいと言うのは本心ではなく、泊めてもらう積りで家に来たのだろう。本当のところは、どこかで酔いつぶれてしまい終電車に乗り遅れたのではないかと思う。今では、実に豪快な先生だと思うようになっていた。

 私は、先生が引き起こしたこの破天荒な出来事の詳細をこれまで誰にも話したことがない。当時の同級生に対しては申し訳ない気持ちだけは残っている。
 もし同級生に話すにしても、それにふさわしい懇談の場で話すのなら可能だが、文書にして公開するような話題ではないと思ったからである。

 しかしコロナ禍以後、私の考えは少しずつ変わってきた。例年開かれていた同窓会、同期会、クラス会などの行事が軒並み無期延期となってしまったのだ。今の情勢では再び開けるようになるとは思えない。私の年齢から考えて、もう昔の仲間に会って話す機会が再び訪れることはないかもしれない。そう考えて小学校の同期生のために作ったブログ上にこの文章を掲載することにした。もはや時効である。
(Rewrite:2026-11-2)(2020-09-14記)



2025年12月21日日曜日

ネット世論

 

ネット世論

    ── 世論と与論の意味の違い

 インターネットが普及して以後、“ネット世論”という言葉がよく使われるようになった。ネット世論、つまりネット上で大勢となっている意見が世の中の意向を正しく反映しているかと言えば、それは明らかに否であろう。インターネットを利用する人達の中のほんの一握りの人達がSNS上で発言しているだけかもしれないのだ。その一方で、大多数の人達は沈黙してそれを見守っているだけということもある。これがインターネット世界特有の現象であることを理解しておく必要がある。場合によっては、同一人物が名前を変えて同じ主張をあちらこちらで流していることもある。

 このことを、私は大学の講義の中で取り上げようとしたのだが、その説明をする前に「世論」という字を黒板に書いて「普段、これを何と読んでいますか?」と学生達に尋ねてみた。すると全員が「よろん」と読むと答えたのである。別の読み方をしている学生は一人もいなかった。これは予想通りの結果ではあったが、一人残らず全員がそう読んでいたのは意外であった。私は「これは“せろん”と読むのだと思いますよ」と少し控えめに述べ、それから本論へと移ったのである。

 なぜこのような質問をしたかと言うと、それは世の中の人達が(メディアも含めて)“世論”(せろん)を「よろん」と読んでいるらしいと最近になって気が付いたからである。今頃気付くとは随分ととろい話だと思われるかもしれないので、もう少し正確に書いておこう。そう発音している人が多いという事実は以前から承知していた。しかし「せろん」と読んでいる人がほとんどいないという事実に気が付いて、これは問題だと意識しはじめたというのが正確なところである。多分、貴方(女)も“世論”を「よろん」と読んでいるはずです。違いますか?

 私が“世論”という言葉に出会ったのは、正確には思い出せないが、中学生か高校生の頃ではなかったかと思う。その時、最初は「よろん」と読んだが、“与論”という言葉もあることを思い出し辞書で調べてみることにした。すると、手持ちの国語辞典には「せろん」と読むと記されていた。世論(せろん)と与論(よろん)の意味の違いを、私はこの時に学んだのである。以後、私は「世界のセ」と心の中で唱えながら「せろん」と正しく読めるようになろうと自分自身を鍛えてきた。

 したがって“ネット世論”という文字に出会っても、私は何の疑問も抱かずに「ネットせろん」と心の中で発音しつつ読んでいたのである。しかし、これがどうやら世間の動向とは著しく異なっているらしいことに気が付いた。それはテレビニュースのアナウンサーが「よろん」と発音しているのに(私は当然“与論”と解釈した)、画面上では“世論”という文字が表示されていたからである。これまでは「あれまぁ、また表示を間違えて・・・」と思いつつ、そのままにしていたのだが、アナウンサーまでもが!「よろん」と発音している事実に気が付いて心底驚いたのである。

 これは見過ごしにはできない問題であるように思えてきた。
 与論(よろん)とは、公的な関心事について理性的な討議・討論を重ねた末に導き出された社会的な合意(public opinion)のことであり、合意に至るまでには当然長い時間が必要である。逆に、一度確立されると簡単には覆らない。ある程度の期間は批判に耐え得るものであると言えよう。昔は“輿論”と表記していたが、漢字制限の影響で“与論”という字が使われるようになった。

 一方、世論(せろん)とは、情緒的な私的心情であり、一般大衆の気分あるいは人気(popular sentiments)に基づく意見・感想のようなものである。よくよく考え抜いた末の見解ではないので、時間とともに変化しやすいと言えるであろう。
 最近は、世論(せろん)を「よろん」と読む人が増えたせいか、辞書には世論の項に“慣用読み”として「よろん」という読みも加えられている。このことを知っていたので、私は学生に対して「せろんと読むのだと思いますよ」と控えめに話しておいたのである。

 この解釈に従うと、総選挙の結果のようなものは国民が考え抜いた末に投票という行為を通じて意志表示したもので、その結果は与論(よろん)と呼んでも良いのではないかと思う。したがって、少なくともその任期の間は政権が維持されてしかるべきものであろう。
 それに対し、数か月毎にメディアが実施する内閣支持率調査などの結果は、本来なら世論(せろん)と呼ぶべきものである。支持率調査の対象としてたまたま選ばれて突然電話等で意見を求められても、十分な考察もせずに世の中の空気に流されて適当に回答している人が多いのではないか。それなら、これは人気投票に過ぎない。最近の政治家の中には選挙は単なる人気調査と同じと考えている人が多いから「よろん」と発音する方が合っているかもしれない。

 若い世代の人達が、世論を「よろん」と読むようになったのは仕方がないとしても、世論と与論の本当の意味の違いだけは理解しておいてほしいと思う。世論を「よろん」と読んで、与論の意味で用いるのは明らかに間違いである。メディア上で信頼のおける解説者は「よろん」と「せろん」とを正しい発音で区別して話している。
 国民が良識ある判断を下せる手掛かりとなるのは、信頼性の高い順に書くと

  輿論 > 与論(よろん) > 世論(せろん) > ネット世論(せろん)
     > 世論(よろん) > ネット世論(よろん)

の順になるのではないかと思う。

 日本の政治の貧困は、政治家が与論ではなく世論(せろん)ばかりを気にして政治を行っているからではないか。中にはネット世論を、世論あるいは与論と勘違いして、自分は若者の間で人気があると思い込んでしまった首相もいた程である。その結果、人気投票のランク付けのように、首相が毎年交代するような国になってしまった。政治の貧困は、このような国語力の低下、つまり言葉の意味の取り違えから端を発しているとすれば、国民にもその責任の一端はあるのかもしれない。
(Rewrite:2026-1-1)(2010-12-01記)


2025年12月16日火曜日

重力の恐ろしさ

 

ネット世論

    ── 世論と与論の意味の違い

 インターネットが普及して以後、“ネット世論”という言葉がよく使われるようになった。ネット世論、つまりネット上で大勢となっている意見が世の中の意向を正しく反映しているかと言えば、それは明らかに否であろう。インターネットを利用する人達の中のほんの一握りの人達がSNS上で発言しているだけかもしれないのだ。その一方で、大多数の人達は沈黙してそれを見守っているだけということもある。これがインターネット世界特有の現象であることを理解しておく必要がある。場合によっては、同一人物が名前を変えて同じ主張をあちらこちらで流していることもある。

 このことを、私は大学の講義の中で取り上げようとしたのだが、その説明をする前に「世論」という字を黒板に書いて「普段、これを何と読んでいますか?」と学生達に尋ねてみた。すると全員が「よろん」と読むと答えたのである。別の読み方をしている学生は一人もいなかった。これは予想通りの結果ではあったが、一人残らず全員がそう読んでいたのは意外であった。私は「これは“せろん”と読むのだと思いますよ」と少し控えめに述べ、それから本論へと移ったのである。

 なぜこのような質問をしたかと言うと、それは世の中の人達が(メディアも含めて)“世論”(せろん)を「よろん」と読んでいるらしいと最近になって気が付いたからである。今頃気付くとは随分ととろい話だと思われるかもしれないので、もう少し正確に書いておこう。そう発音している人が多いという事実は以前から承知していた。しかし「せろん」と読んでいる人がほとんどいないという事実に気が付いて、これは問題だと意識しはじめたというのが正確なところである。多分、貴方(女)も“世論”を「よろん」と読んでいるはずです。違いますか?

 私が“世論”という言葉に出会ったのは、正確には思い出せないが、中学生か高校生の頃ではなかったかと思う。その時、最初は「よろん」と読んだが、“与論”という言葉もあることを思い出し辞書で調べてみることにした。すると、手持ちの国語辞典には「せろん」と読むと記されていた。世論(せろん)と与論(よろん)の意味の違いを、私はこの時に学んだのである。以後、私は「世界のセ」と心の中で唱えながら「せろん」と正しく読めるようになろうと自分自身を鍛えてきた。

 したがって“ネット世論”という文字に出会っても、私は何の疑問も抱かずに「ネットせろん」と心の中で発音しつつ読んでいたのである。しかし、これがどうやら世間の動向とは著しく異なっているらしいことに気が付いた。それはテレビニュースのアナウンサーが「よろん」と発音しているのに(私は当然“与論”と解釈した)、画面上では“世論”という文字が表示されていたからである。これまでは「あれまぁ、また表示を間違えて・・・」と思いつつ、そのままにしていたのだが、アナウンサーまでもが!「よろん」と発音している事実に気が付いて心底驚いたのである。

 これは見過ごしにはできない問題であるように思えてきた。
 与論(よろん)とは、公的な関心事について理性的な討議・討論を重ねた末に導き出された社会的な合意(public opinion)のことであり、合意に至るまでには当然長い時間が必要である。逆に、一度確立されると簡単には覆らない。ある程度の期間は批判に耐え得るものであると言えよう。昔は“輿論”と表記していたが、漢字制限の影響で“与論”という字が使われるようになった。

 一方、世論(せろん)とは、情緒的な私的心情であり、一般大衆の気分あるいは人気(popular sentiments)に基づく意見・感想のようなものである。よくよく考え抜いた末の見解ではないので、時間とともに変化しやすいと言えるであろう。
 最近は、世論(せろん)を「よろん」と読む人が増えたせいか、辞書には世論の項に“慣用読み”として「よろん」という読みも加えられている。このことを知っていたので、私は学生に対して「せろんと読むのだと思いますよ」と控えめに話しておいたのである。

 この解釈に従うと、総選挙の結果のようなものは国民が考え抜いた末に投票という行為を通じて意志表示したもので、その結果は与論(よろん)と呼んでも良いのではないかと思う。したがって、少なくともその任期の間は政権が維持されてしかるべきものであろう。
 それに対し、数か月毎にメディアが実施する内閣支持率調査などの結果は、本来なら世論(せろん)と呼ぶべきものである。支持率調査の対象としてたまたま選ばれて突然電話等で意見を求められても、十分な考察もせずに世の中の空気に流されて適当に回答している人が多いのではないか。それなら、これは人気投票に過ぎない。最近の政治家の中には選挙は単なる人気調査と同じと考えている人が多いから「よろん」と発音する方が合っているかもしれない。

 若い世代の人達が、世論を「よろん」と読むようになったのは仕方がないとしても、世論と与論の本当の意味の違いだけは理解しておいてほしいと思う。世論を「よろん」と読んで、与論の意味で用いるのは明らかに間違いである。メディア上で信頼のおける解説者は「よろん」と「せろん」とを正しい発音で区別して話している。
 国民が良識ある判断を下せる手掛かりとなるのは、信頼性の高い順に書くと

  輿論 > 与論(よろん) > 世論(せろん) > ネット世論(せろん)
     > 世論(よろん) > ネット世論(よろん)

の順になるのではないかと思う。

 日本の政治の貧困は、政治家が与論ではなく世論(せろん)ばかりを気にして政治を行っているからではないか。中にはネット世論を、世論あるいは与論と勘違いして、自分は若者の間で人気があると思い込んでしまった首相もいた程である。その結果、人気投票のランク付けのように、首相が毎年交代するような国になってしまった。政治の貧困は、このような国語力の低下、つまり言葉の意味の取り違えから端を発しているとすれば、国民にもその責任の一端はあるのかもしれない。
(Rewrite:2026-1-1)(2010-12-01記)


いまだに生きてる COBOL

   いまだに生きてる COBOL

 新聞を読んでいたら「どっこい生きてるCOBOL」という記事をみつけた。昔使っていたプログラム言語COBOLが今でも使われているという。さすがにCOBOLの使える技術者は少なくなり高齢のプログラマは定年で辞めていくから、若い技術者の教育も難しい状況なのだという。

 当時のことをちょっと書いてみたい。COBOL は金融機関のシステム開発の現場で使われていた言語である。銀行で使う場合はデータ処理を10進法のままで加減乗除の計算をする必要がある。特に数値の四捨五入の際に計算誤差を生じ易いから、技術計算のように2進法にして処理するのは無理なのだ。倍精度でいくら精度をあげても根本的な解決にはならない。

 金融機関に新しいコンピュータを売り込むにはベンチマークテストを通らねばならない。銀行側のプログラムを手直しなしで処理できることを求められる。あるときテストの場で同じ結果が得られないことがあった。当然こちらのコンピュータに疑いの目が向けられる。詳しく調べた結果、膨大なプログラムの中に一か所、特定の式の評価直後に問題が起きそうな部分を発見した。ようやく突き止めたその式の計算中に四捨五入による繰り上げ誤差が生じているようだ。そこで、その部分だけ実際に手計算で確認してみると当社の計算の方が正しいことが明白となった。

 しかしこれで話は終わらなかった。銀行側はトラブルの原因がそこにあることを認めたが、当社のシステムを使うと今までのお客様へ伝えていたデータ値(主に金額)が、実は間違っていたことを公にしなければならなくなる。それは困ると言うのである(利息計算の結果が間違っていたとしたら、それは由々しきことですね)。今まで通りの間違った値を出力するように修正して欲しいという。しかし、丸めの誤差の修正だけなら簡単だが、技術者の端くれとしてそのような不正行為の片棒を担ぐことには抵抗がある。

 私の役わりはここまでだったので、その後の結末がどうなったのかは知らない。

2022年8月13日土曜日

四色問題とは


・Knuhsの書斎 から転載

── “四色問題”をどう読むか?


 NHKテレビで「笑わない数学」という番組(*1)をやっている。
 この番組では、いろいろな難しい理論を解きほぐし私のような門外漢でも“分かった積り”にさせてくれる頼もしい番組である。本当のところは正確には分かっていなくても、これを視聴すると何だか分かったような気がしてきて、自然と自ら“分かったこと”にしてしまう。そんな気にさせてくれる効果があるから、私は何時も大いに楽しませてもらっている。毎回、次のテーマが待ち遠しくなる。
【注】(*1)毎週水曜日の夜に放映されるが、主なテーマとしては以下のものが予定されている。「リーマン予想」,「フェルマーの最終定理」,「連続体仮説」,「四色問題」,「ガロア理論」,「abc予想」,「確率論」,「P対NP問題」,「カオス理論」,「ポアンカレ予想」,「暗号理論」,「虚数」,‥‥ 世の天才数学者たちを苦しめてきた数々の難問の世界を1回30分に凝縮して分かりやすく掘り下げてくれる番組です。
 先日放映されたテーマは「四色問題」(*2)だったのだが、このときは私は別の理由(確かめたいことがあった)で放映当日が待ち遠しかった。
【注】(*2)どんな地図でも四色あれば塗り分けられるという問題。
 この番組の唯一の登場人物は、舞台回しの役を演じるお笑い芸人の尾形貴弘氏である。彼が登場し「今回のテーマは“四色問題”!」と叫んだとき、自分が確かめたかったことが確認できた瞬間でもあった。そして私は「あぁ、やっぱり‥‥」と、正直 少し落胆したのであった。

 彼は「よんしょくもんだい !」と叫んだのである。

【 続きは、本文の方を読んでください。 】



2022年7月10日日曜日

参院選の投票日


・Knuhsの書斎 から転載

── 投票箱の中を確認しました


 今日は参院選の投票日である。前回の選挙(2021-10-31)では近所の小学校に設けられた投票所に10時頃出かけて行ったら、既に投票する人たちの長蛇の列ができていて「牛歩」をする破目になった。その反省から、今回は早起きして空いている内に投票を済ませてしまうことにした。

 投票は午前7時からである。6時頃に起床して朝食も摂らずに行くことにした。投票所は前回と同じ場所なので7時頃家を出る積りだったのだが、早めに準備ができてしまったので少し時間を早めて6時45分頃に家を出ることになってしまった。5分程で投票所に着くと、既に多くの人が来ていると思いきや、入り口には誰もいない!! 時間を見ると6時50分である。10分も待つことになる。入口の前で一人で待つことになった。

 しばらくすると5~6人の人たちが私の後ろに並び始めた。ここで私は、自分が待ち行列の先頭だすると投票箱の中が空であることを確認する立場になるのかもしれない考えた。当然そういう名誉な(?)役割を務めたいと思って多くの人が並んでいるものと思っていたのである。意外であった。順番を代わってあげようか。しかし数人のグループで確認するのかもしれない。もともとそんな積りではなかったのだが。初めての経験なのでよく分からない。

 そうか、私が選挙で投票できる機会はもう少なくなっている。もしかするとこれが最後の機会になるのかもしれない。その役を務めるのは、それはそれで一つの記念になるかもしれないと考えた。

 7時数分前になると扉が開かれ中に入ることを許された。一列になって先に進むと手を消毒する場所があり、消毒を済ませて更に先に進む。ここで係員から投票開始の挨拶があり、秒読み段階に入り7時の時報とともに受付が開始された。

 順番に受付をすませると、最初に県選出議員の投票である。用紙をもらい記名する。その投票用紙をもって投票箱の前に進むとそこで儀式が待っていた。投票箱は上蓋がない状態でまだ鍵は掛かっていない。係の人が箱を斜めにして中が見えるようにし「中に何もないことを確認してください」と言う。あぁこういう形式でやるのかと私は初めて手順を知ることになった。したがって先頭に並んだからといって、必ずしも確認する人になれるとは限らない。私がもし最初の記名で手間取っていたら最初の投票者にはなれなかったことになる。

 引き続いて比例代表の投票である。私はその記入に少し時間を掛けることにした。比例代表の投票箱は別の箱であるからこれも確認作業が必要になる。それは次の人に譲ることにしたかったのである。それが目当てで早くから投票所に来た人もいるかもしれないと考えたのである。幸い、私の後ろに並んだ女性が確認作業をしていた。私はなぜかほっとした気持ちになったのであった。


2022年7月6日水曜日

スポーツ仲間


・Knuhsの書斎 から転載

── 初めて仲間ができました


 最近、面白い経験をした。多摩川のサイクリングロード(*1)を歩いていて親しく話の出来る仲間を見つけたのである。

▼私の好きなコース
 私は天気が良ければ毎日でも運動をしたくなる性格で、最近は専らウオーキングをすることを日課としている。私が好きなウオーキングのコースは、景色が良くて太陽が輝いてさえいれば良い。したがって大抵は明るい時間帯に運動をすることにしている。特に夏の太陽がじりじりと照り付ける環境下で汗を流しながら運動する(*2)のが一番生きがいを感じる瞬間である。最近の医学知識では紫外線の害や熱中症の危険性が指摘されているが、そういう知見がなかった頃からの習慣であるから容易にはやめられないでいる。
【注】(*1)正式名称は「多摩川ふれあいロード」と言う。

【注】(*2)春の桜の季節に撮った写真ですが、太陽の光に溢れる雰囲気は感じ取れると思います。左手の桜並木が切れるあたりからは東京の街並みが見えるようになります。


 いつ頃からこのコースで運動をし始めたのか正確には覚えていない。・・・
【 続きを読む 】