2013年3月29日金曜日

桜の色の法則

【桜の色の法則】
 桜の花の色は、思い出す度にそのピンク度を増していく。

2013年3月28日木曜日

桜の花の色について

 最近の桜の花は、昔に比べて白くなっているのではないかと言う人が多い。もちろん桜にも色々な種類があるが、ここでは染井吉野に限った話である。

 その理由として、次の二つが考えられる。
(1)単なる気のせい

(2)紫外線の影響
 高齢者は紫外線を長年浴びてきたので色覚に異常が生じ、そう感じるだけ。

 成程、高齢者が派手な赤い衣服を着ていて時々違和感を感じることがあるが、本人は茶系のシックな身なりをしている積りなのだという話を以前聞いたことがある。それと同じことなのかもしれない。
 しかし若い人の中にも「白くなっている」と感じる人が多いというから、必ずしも色覚異常だけが原因とも思えない。

 もう一つある。
(3)勘違い
 これは私の感想だが、“桜”と言えば“入学式”を思い出すように、校門の前で親子の晴れ姿を写したものをよく見かける。パンフレット等に載っているそういう写真では、必ず背景に桜が入っていることが多い。“入学式”をアピールする際に使われる典型的なパターンといえよう。しかもその桜の花の色合いは桃の花かとみまごう程の強いピンク色なのである。そういう写真を長年見せられていると、誰でも桜の花の色と言えばこの強いピンク色であると頭の中に刷り込まれてしまうのではないか。

 年配者の思う桜は入学式と結びつき、ただ思い出の中にある遠い昔の桜を見ているに過ぎない。そしてその桜の花の色は、後から刷り込まれたものであろう。何しろ彼らの時代は、モノクロ写真全盛の時代であったから、当時の桜の花の色などどこにも記録されてはいないのである。

 昨夜、雨戸を閉めようとした時、庭にある満開の桜の木から白い花びらが、静かに、静かに、降り続けているのに気がついた。人けのない暗闇の中で、ただ黙々と自分の役割を果たし続けているかのように見えた。

     霏々として 桜降り積む 雪の如くに (字余り)

 しかし今思い出してみると、あれはピンク色の花びらだったような気もしてくる。勘違いであろうか。
 桜の花が、次の日曜日までもってくれると良いのだが…。

2013年3月16日土曜日

私の特製マスクとメガネ

 杉花粉の飛ぶシーズンもそろそろ山を越える頃ではないかと思う。
 最近の私は、外出に際して、リストアップしたメモを用意しておかないとつい忘れてしまいそうになるくらいに色々な準備作業が必要となっている。それを逐一紹介する積りはないが、その中でもまず特製マスクは必須のものである。

 「かぜ、花粉、ほこりを99%カットする」と称する使い捨てマスクを二重にして着用する。これにより99.99%位までカットできるのではないかと期待しているのである。
 もっとも、マスクを二重にしてもカット率は99%のままだと主張する人がいるかもしれない。最初のマスクを一度通り抜けてしまった異物は、次のマスクはそのまま100%通過してしまうという可能性もあるからだ。しかしカット率というのは、不織布から成るフィルターの繊維状部分に、異物が引っ掛かるかどうかの確率の問題と考えれば、再び99%はカットされるのではないかと私は思うのである。

 更に私は、二つのマスクの間にウェットティッシュを一枚、四つ折りにして挿入することにしている。これでカット率は更に増すのではないかと期待している。多分(超楽観的に見て)99.995%位にはなるのではないか。これで、普通の人よりはカット率の高い特製マスクをしていると(密かに)自負しながら外を歩いているのである。

 実はマスクを二重にすると更なる利点があるのだ。マスクが少しきつくなり顔面にぴったりと装着されるので、少し動いたくらいでは隙間が生じることがない。普通にマスクをしているだけの人を見ると益々気の毒になってくるのである(これ、全くの独りよがりですけどね)。

 今年は花粉症の症状がまったく出ていないから、これで効果があったのであろう。ただし眼のかゆみの方だけはどうにもならない。花粉除けのメガネを購入して外出時のみ着用しているのだが、マスクから漏れる呼気のためにガラス面が直ぐ曇ってしまって前がよく見えなくなる。結局メガネなしで歩くことになってしまう。

 ただ、ウオーキングの際だけは役に立っている。多摩川の河原に出てサイクリングコースを歩く時は虫除けになるからである。啓蟄の日以降の暖かい日で風がない日は大量の虫(何という虫かは知らぬ)が飛び交っていて、両手で追い払っても「全くの無駄」と最初から分かるくらい大量に押し寄せてくる。その中をジョガーやサイクリスト達が走り抜けて行くのである。私もその時だけはメガネを着用して何事もないような顔をして歩いている。メガネなしの人達が気の毒になるくらいのものだ。

 最近は、黄砂や PM2.5 も西の方の国から飛んでくるらしい。世間では PM2.5 で大騒ぎしているが、昔の日本の公害騒ぎの際にも飛び交っていたはずである。 PM2.5 は、煙草の煙の中にも含まれているという説もあるから、私などは長年の会社勤務の間に受動喫煙でずっと被害を受けてきたことになる。私の特製マスク程度では今更どうにもならないであろう。ただ、唯一の対策として午後“2時50分”頃のウオーキングだけは避けるようにしている。でも、これ全くの誤解ですよね。本当は午後の“2時半”ということでしょう? えっ? それも違う? こりゃまた失礼いたしました。

2013年3月1日金曜日

類似度検出プログラムの改良(V3.0)

 前に紹介した“数独問題の類似度をチェックするプログラム(V2.0)”には、いろいろ未熟な点があったので、それを改良した V3.0 を作りました。

 詳しくは、ホームページ上で紹介されています。

   ▼Perlで記述されたプログラムの全体
   ▼実行結果の例
 最後に
   ▼このプログラムで使ったアルゴリズムの説明

が掲載されています。これで検出度はかなり向上したと思います。

 この過程で、Perlと数独とはかなり相性がいいなぁと思いました。その時の感想を「プログラミングの楽しみ」としてまとめました。これも参考にして下さい。

2013年2月4日月曜日

数独の問題の類似度を調べる

 数独の問題の類似度を調べるプログラムを作って、手持ち(約3万4千個余り)のデータを入力してみたところ類似した問題は一つも発見されなかった、ということを以前この欄で紹介した。
 これは予想通りの結果ではあったが、プログラムが期待通り動作したという実感が得られず少し残念な気もした。

 そこで、類似度を確認する方法をより高度なものにしたバージョン(V2.0)を作成した。そのプログラム(ホームページ上で紹介されている)を利用すると「類似している」とみなされる問題が1件検出された。ただ、これは偶然似てしまったものと思う。と言うことは、更なるアルゴリズムの改良が必要ということであろう。下記に示すので、読者の皆さんも自分で目で確認してみてください。





2013年1月23日水曜日

数独の問題を集める

 数独問題の“初出”を確認するプログラムを作ったが、それが実用的かどうか確認するにはもっと沢山の数独問題が必要となる。そこで、あるサイトからまとめて入手することを試みた。

 毎日定期的に新しい問題が出題されているらしいので、その各画面上からデータ部分だけを抜き出してくるのである。人手で一つ一つデータを書き写していたのでは時間が掛かり過ぎて現実的ではない。そこで、あらかじめデータの構造を調べておいて、それに対応する抜き出しプログラムを作ることにした。これを動作させすべて自動的に抜き出してしまおうという魂胆である(プログラム作りのネタはいたる所にあるものだ)。その結果、時間は掛かったが、34,125個の問題を一挙に手に入れることができた。

 “初出”を確認するプログラムにこのデータを入力してみたところ、重複した問題は一つも含まれていないことが確認できた。数独作りの立場からは「期待通りの結果」ではあったが、プログラム作りの立場からは「少し残念」な気もした。複雑な心境である。
 しかし、3万4千個余りの膨大な問題データが(文字通り)あっという間に処理されて、結果が表示されたのは痛快であった。良しとしよう。

 ところで、正式に公開さているものとはいえ、このようにデータ構造を調べて(プログラムで)データの一部だけを抜き出すという行為は倫理的に許される行為なのだろうか。いささか疑問が残る。(ブラックハットの)ハッカーになって犯罪を犯しているような気持ちになってきた。検査のために使うだけにして、終了後は破棄する方が無難であろう。こんな膨大な数独問題を持っていても、到底すべてを解くことはできないのだから。

2013年1月19日土曜日

「初出」の検出(「数独の問題について」の続き)

 先に、数独の問題で 同じ問題が重複して作られないようにするためのプログラムを作った話を紹介した。私は、それをPerlというプログラム言語で記述したのだが、もっと詳しく書くとハッシュ(hash)という記憶方式を利用したのである。これは人間の脳の記憶方法を真似たもので、実に使い勝手がよい。人間の脳は“初出”(めて現したものであるかどうか)を簡単に判別できる機能を持っている。

 受験勉強の時の経験だが、意味の分からない英単語に出会うと辞書を引いて調べる。そして辞書の中でその単語を見つけた瞬間、以前調べたことのある単語であることを思い出し悔しい思いをすることが多い。それが何度も繰り返されると、かなり落ち込むことになる。そして自分の記憶力に自信がなくなってきたりする。

 しかしよく考えてみると、以前一度調べたことがあるという“事実”の方は、しっかりと記憶されるていることに気が付く。忘れているのは、その“意味”の方なのだ。人間の脳は“初出”だけはしっかりと記憶していて、脳は素早く反応してその事実を教えてくれる。我々はこの機能を自信を持って活用した方がよい。

 年寄りが同じ話を繰り返すと、それを聞いた若者の脳は素早く「初出ではない」ことを感知できるから「その話は聞いたよ!」と返すことになる。中には「3回目だよ!」などと回数まで記憶している人もいる。
 人間は齢を取るとこの機能が衰えるから、同じ話を繰り返すようになるのかと了解したとすれば、それは少し違うのではないかと思う。年寄りでも初出はしっかりと覚えている。何度も同じ話をしていると、段々と話し方がうまくなってきて、話の展開も華々しくなり場合によっては誇張されていくものである。だから初出でない(その話をしたことがある)という事実は十分に理解しているのである。年寄りが忘れてしまうのは「誰に対してその話をしたか」ということの方である。

 これからは、年寄りはブログ上などでその話を一度だけ公開すればよい。そして“初出”のマークをしっかりと付ける。そしてすべての人に話したと理解し、もう誰にも話したりしないようにする。そうすれば、誰に話したかのデータを保存したりする必要もなくなるわけだ(どうせ忘れるのだし)。
 こうすれば、若者達も、年寄りの同じ話に悩まされることはなくなるだろう。

 ねっ! この話、いい話でしょ。
 今度、誰かに話してみようかな。

2013年1月16日水曜日

数独の問題の問題点

 今まで新聞や雑誌に紹介される数独パズルの問題を解いては、それを個人的に保存してきた。その問題の数が400件近くになった。そこで、かねてから気になっていたことに挑戦してみようと考えた。

 数独の問題の組み合わせは無限にある(約54億パターン以上あると言われている)が、実際に自分で問題を作るとなるとこれが結構難しい。“難しい”という意味は、既存の問題とは異なることを確認するのが大変だからである。したがって、誰も確認などしないでそのまま発表しているのが現実なのであろう。

 そうなると、偶然に一致した問題が作られて、誰もそれに気が付かないで新しい問題だと思い込んでいる可能性も十分にあり得るのではないか。沢山の問題を集めて“問題集”を持っているなどと威張っていても、かなり重複した問題が含まれているのかもしれない。

 そこで、この約400個の問題に対して同じものが含まれていないかどうか確認するプログラムを作ってみた。以前から Perl言語を使えば簡単にできるのではないかと考えていたからである。大学の授業も区切りがついたこの時期に、挑戦してみることにした。

 その結果は、自分でも驚くほどのものであった。
 ・同じ問題が3個見つかったケース(2回)
 ・同じ問題が2個見つかったケース(3回)
つまり、12個の問題が実際は5個になってしまったのである。

 しかし私の問題集に重複登録されてしまったのは、どうやら大半は私の方に原因があるように思われる。最初の頃は個々の問題に適当に命名していたので、データベース化する時点で別のものと判断されたのかもしれない。現在は統一した命名法で出典を辿れるようにしてある。
 もう一つの原因は、「例題-1」という名称の問題だったから、以前に発表した問題を「例」として取り上げたのであろう。偶然の一致と確認できたものは、今までのところ存在していない。

 数独の問題は、異なるものをほぼ無限に作れるから重複することは滅多にないが、新たに作って公表する際は、少なくとも自分が過去に作ったものの中に同じものが含まれていないことを確認してからにすべきではないかと思う。

2012年12月27日木曜日

大学の恩師

 大学時代の恩師、H先生が亡くなられた。ご高齢であったので、この寒い時季は特に心配していたところだった。

 先生に習ったコンピュータ関係の授業が契機となって、私は教師になる道をやめてコンピュータ関係の仕事へ進むことを決心したのである。大学卒業後もいろいろとお世話になってきた。コンピュータ関係から医用機器の仕事に転勤となった際はかなり落ち込んだが、報告がてら先生のお部屋を訪ねると、激励されるかと思いきや、意外にも「大学に戻らないか」と声を掛けられたのを覚えている。そんなことは無理であることを私は重々承知していたが、やはり救われたような気持ちになったものである。しかしその後も一度ならず声を掛けられたから、落ち込んでいる私を単に励まそうとされた訳ではなかったらしい。

 結局、先生の期待には応えられなかったが、大学のコンピュータ関係の科目で、指導教官がみつからない場合など、急遽先生から講師を頼まれることが多かった。負い目があったので、そういう時は必ず引き受けることにしていた。会社の了解を得て非常勤講師として学生を教えてきたのである。振り返ってみると、全部で6教科も担当したことになる。

 先生が定年で大学を退かれることになった時、先生が担当していた科目の「データベース論」も同じように引き継いでほしいと依頼された。しかしこればかりは任が重く、怖れ多いという気持ちもあってご辞退申しあげた。その後、お引き受けできなかったことが、ずっと悔いとして長く心に残っていた。先生逝去の報に接し益々その気持ちが強くなってきている。十分に職責を果たせたかどうか自信はないが、ここらで教師としての自分の仕事にも区切りを付ける時期にきたのではないかと思う。ご冥福をお祈りしたい。

2012年10月20日土曜日

変な日本語(7) 「真逆」

 先日、言葉の意味を間違って理解している人が多い例として、文化庁の調査結果からいくつかの例が紹介されていた。新聞のニュースなど読んだ方も多いと思う。
 「気が置けない
 「にやける
 「うがった見方
 「失笑
などである。
 その中に「正反対」の意味で「真逆」という表現を使う人が多いという記述があった。若い頃はまだ表現力が未熟だから、そんな間違いをしてしまうのかもしれない。もっと分かりやすい表現を覚えて、普通の言葉を普通に使うようになってほしいものである。
 こういうことを言うと「言葉は通じなきゃ意味がない。時代が変われば意味も変わっていく」などという反論をよく耳にする。「真逆」などという造語を作らなくても、「正反対」という言葉がある。それを使えばよいのである。そんなことを考えていたら、次のような新聞記事を発見した。


 いやはや、新聞記者ともあろう者が、記事の中でこんな表現を使うとは。多分、未熟な表現力しか持たない若者が、そのまま新聞記者に採用されてしまったのであろう。しかも「真逆」に「まぎゃく」などと 重箱読み のふりがなまで付けている。そんな表現法を使わなければならない必要がどこにあるのか。それをチェックしなければならない校閲やデスクも、その役割をはたしていない。彼等も同じように未熟な表現力しか身に付けていないのかもしれない。嘆かわしいことである。

2012年9月23日日曜日

スペード曲線を描く

 ハート曲線に続いてスペード曲線なるものを描いてみました。
 前提条件として、前作のハートマークの場合と同じように、円を出発点として作ることにしてあります(それに特別な意味はありませんが)。
かなり苦労しましたが、円からダイヤマークを作るのに比べれば、はるかに易しいと信じて取り組みました。これを“スペード曲線”と呼んでよいのかどうか分かりませんが、スペードの幹(?)の部分まで含めてスペードを描いたものは存在しないのではないかと思います。多分、世界初の完全な形(?)のスペード曲線を作成したのではないか、と愚考しているところであります。

 今年の夏休みは、ハート曲線とスペード曲線に取り組んで過ごしました。楽しい遊びは終りました。

2012年8月27日月曜日

円からハート曲線を作る

 円からハート曲線を作ってみました。出来上がるまでの動きをご覧ください。
円からハート曲線へ

2012年8月2日木曜日

ハート曲線

「ハート係数」の rewrite版「ハート曲線」をホームページに掲載しました。

若者の社会常識

「学生のマナー」の rewrite版「若者の社会常識」をホームページに掲載しました。

2012年7月20日金曜日

学生のマナー

  企業で働いていた頃の友人と話をしていて、最近の若者のマナーの悪さが話題になることが多い。そしてその原因の一つとして、とどのつまりは学校時代に十分教育されていないからでは、ということになる。企業をやめて今や教育の場にいる私めとしては、いささが憮然たる心持ちになるのが常であった。

  そんなこともあり、私は毎回の授業の中で機会を捉えては「社会人になるに当っての心構え」として各種の社会常識を教えることにしている。何しろ、名前を呼ばれても返事ができない学生、はがきでリポートの提出をさせれば手紙の書き方も知らない学生、… など驚くべき状態の学生がときどきいるからである。

  前期の最後の授業では、今期のすべての予定が順調に消化でき余裕もあったので、残りの時間は社会常識、情報倫理、仕事に取り組む姿勢、などにしぼった話をして講義を締めくくった。そして資料を片づけ帰り支度をしてから、構内にあるバス停に並んで学生達と一緒にバスの到着を待つことにした。

  このバスは大学と最寄り駅とを結ぶ大学専用のものである。既に多くの学生達が並んで待っているが、この位置なら何とか座れそうである。しかし学生達は、仲間を見つけては前の方に割り込んでくるから、バスが来る頃にはかなり後ろの位置になってしまうことが多い。それはもう最初から覚悟していた。

  以前のことだが、足を怪我して松葉づえをついている学生が乗ってきたことがあった。バスが動き出しても誰も席を譲ってあげようとしない。ゆられて転んだらまずいと思った私は、立ち上がって席を譲ってあげることにした。しかしその学生は特に礼を言うでもなく、恐縮するでもなく、そのまま座って友人達と談笑していた。どうも社会一般の反応とは異なるようである。電車内で席を譲る行為も恥ずかしくてできない、あるいは躊躇したりする学生が多い。譲られる経験も少ないのであろう。

  バスを待つ学生がかなり増えた頃、やっとバスが到着した。その時私の真後ろにいた学生が、突然「木下先生。どんどん割り込んでいますよ!」と声を掛けてきた。振り向くと先程の私の授業に出席していた学生である。「どんどん割り込んでますよ。先生、前に行きましょうよ!」とかなり憤慨した様子である。なるほど、気が付くとかなりの人が前に割り込んだ結果、もうかなり後ろの位置になってしまっている。「そんなに割り込みが許せないのかい?」と私が言っても、視線を前方に向けたままで、まるで聞いていないようだ。次の瞬間「先に行きますよ!」と言って、一人で前の方に走って行き20人ほど追い越してさっさと乗車してしまった。

  私が日頃から情報倫理に関連して道徳とかマナーに言及することが多いので、私を公徳心の塊りのような人間と思っていたのかもしれない。その“公徳心の塊り”を追い越して割り込み行為に加わるには、一言断ってからにする必要がある、それが最低限の礼儀であるとでも思ったのであろうか。なに、教えていることと実際の自分とは別物だから“公徳心の塊り”を追い越しても何の不都合もなかろう。

  私はこの学生が取った行為に少し驚きながら、そのまま列の動きにしたがって乗車口へと進んでいった。私が動かなかったのは公徳心からではない。単に大人としてそんな恥ずかしい行為はしたくなかっただけのことである。

  さて、いよいよバスに乗ろうとした時、少し離れた所から一人の男性がカメラをこちらに向けて構え、バスの乗車口の様子を撮影していることに気が付いた。変に思ったが、私はそのまま乗車した。見ると先程の学生は後方の座席に自分の席をしっかりと確保したようであった。よかった、よかった。私は、もう最初から座るのを諦めていたから、多くの学生と一緒に入り口付近に立つことにした。

  ところが、ふと見ると私の目の前の席が一つ空いているではないか。様子を見たが誰もそこに座ろうとしない。私は恐る恐るというか、これ幸いというか、その席に(できるだけ遠慮がちに)ゆっくりと座ったのであった。どうやら割り込んだ学生達も、年寄りの先生の為に一つだけ席を残しておいてくれたらしい。私はほんの少し、ほのぼのとした気持ちになった。やはり礼儀をわきまえた学生もいるのだ。

  それにしても、あの時私が学生と一緒になって前に割り込んだりしていたら(そんな可能性は全くないが)…、そうだ、あのカメラにしっかりと記録されていたかもしれない。「バスの乗車の列に割り込む先生」という傑作写真をものされていたかもしれない。その結果、授業で礼儀作法や道徳の話はできなくなっていたことであろう。危ういところであった。しかし、あのカメラは一体何だったのだろう。今もって分からないでいる。

2012年7月13日金曜日

ハート係数

  最近、インターネット上でハート曲線を表す式に出会った。見事なほどに美しい式である。


  この式が表現するハート曲線の形状をつぶさに見ていて、図の曲線が実は上下の方向に若干圧縮されていることに気が付いた。式の表すハートの型を作者の好みに合わせて修正したのであろう。
  もし圧縮されていなければ、この式はどういう形状になるのだろうか。私は知的好奇心を刺激され、早速コンピュータ上でやってみることにした。それが以下のものである。コンピュータ上で実装する際には、上下の方向に伸び縮みできるように、式を若干変更してみた。定数 h を導入し“ハート係数”と名付けてプログラム化したのである。


  ハート係数 h の値を 1.2 とすると程良い形になった。ハートの形とは不思議な物で、上下に長いと何か上品な印象を受ける。逆に短いと幼い感じになる。これは個人的な好みに類するものであろうが。
  私が推奨するハート曲線方程式は以下のものである。


  ハート係数の値をいろいろに変えて表示してみた。


  貴方(女)の好みのハート係数の値は、どのくらいですか。
プログラムの詳細は、いずれホームページ上に公開する積りである。

2012年6月30日土曜日

高齢化社会での交通標語

   交通標語で「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」というのがあったが、日本では車を使わず電車やバスや徒歩の方が早い場合が多い。特に年輩者にとって、歩くことは運動にもなるから、健康にも良いに違いない。高齢者による自動車事故のニュースを聞くたびに思うのだが、都会に住む高齢者に対して「そろそろ車をやめたらどうですか」とすすめたい。

   高齢化社会となる今後は
狭い日本、自分で歩かず どこへ行く
というのを交通標語として採用してもらいたいものである。

(賛同者は、この画像を自由に使ってください)

2012年6月11日月曜日

情報マナー・クリニック

  かねてから、自分が実行している情報セキュリティーに関するマナーを、まとめてみたいと思っていた。試作中のものは大学の授業で一部使用していたが、やっとある程度まとまりのある形になってきたので、ここに紹介しようと思う。

  大きく分けて以下の6項目であるが、ハッキング被害に遭わぬためにも是非参考にしてもらいたい。

・拡張子をよく見る
・パスワードの扱い方
・ファイルの開き方
・メール受信の仕方
・添付ファイルの扱い方
・USBメモリの扱い方


  詳しくは「情報マナー・クリニック」の方を参照してもらうが、特に二番目の「パスワードの扱い方」については、サイバー攻撃の被害に遭わないために、特に重要な部分なのでここに再掲する。

(1)安全なパスワードを使う(長さ、字種)
パスワードの長さは、必ず10文字以上とする。英字、数字、特殊文字を、それぞれ混在させる。英字も大文字と小文字を混ぜるとよい。
(2)同じパスワードを使いまわししない
誰しも、いろいろな場所で同じパスワードを使い勝ちであるが、一つ破られると被害が拡大する可能性がある。したがって、必ずそれぞれ異なるパスワードを使うようにする。
(3)パスワードは定期的に変更する
一定期間使い続けたら変更する習慣にする。
(4)パスワードを無闇にメモに残さない
手帳やメモ用紙、あるいは預金通帳等に不用意にメモ書き残さない。

  これらの注意事項は、誰でも知っていることばかりである。しかし、いずれも“言うは易く、行うは難し”なのである。
  これらをすべて実践するには、それなりの技術コツが必要になる。しかし、その方法をここに具体的に記すわけにはいかないので、各人が工夫し実現してほしい部分である(*)。
【注】(*)ここに書き記すと、自分のパスワードを世間に公開するようなもので、愚かな行為というべきであろう。

  授業では「他言無用!」という条件付きでそのやり方を教えたのであるが、学生達が本当にこれを実践してくれているか、残念ながらそれは確かめようがない。

2012年4月8日日曜日

「数独ボード v2.1」をリリースしました

  数独ボード SDB v2.1 が完成しました。説明書「数独ボード v2.1 の使い方」も出来上がったので同時にアップしました。
  特に“先読みモード”の使い方の例を豊富な掲載しました。活用してみてください。難しい問題で使ってみた経験が、そのまま記録されています。
  以下の場所からダウンロードし、自由に利用できます。
  「数独ボード」のダウンロード

2012年3月31日土曜日

「数独ボード v2.1」を開発中

  「数独ボード」の第2版を2月にリリースしたが、利用してくださる方が徐々に増えてきたようである。うれしいことである。
  しかし最も利用しているのは、もちろん私めであろう。ただ、使っている内にすぐ改良したくなるのが欠点で、今は v2.1 という版を使っている。近く公開したいのだが、あまり頻繁にバージョンアップしたのでは利用者に迷惑をかけるような気がして控えている。使い方の説明書が完成したら公開の時期を考えることにしたい。