2018年10月27日土曜日

重力と私


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── アリスは墜落死したか


 最近の私は、日々 重力と戦っている。
 足が重い。腰が重い。肩も重い。そして口も重い(これは若い頃からだが)。今や昼間でも瞼(まぶた)が重くて普段は眼を細くして物を見ているような状況である。重みに耐えかねてか、全身の皮膚も弛(たる)んできた。筋肉も同様である。身長も少し縮んでしまったようだ。髪の毛が頭部から顔の頬や顎の部分へと移動(落下)してしまったのも、多分 重力のせいではないかと疑っている。

 重力の厄介なところは、次第に加速度が付いてくるところにある。高校時代、物理の授業で習ったところによると、物体の落下速度は時間とともに加速度的に早くなるという。

 ここで、重力加速度の時間(t)は“秒”の単位で表現するのが普通で、そのことからも分かるように重力加速度は秒単位で急速に増えていく。しかし私の実感では“年”の単位で変化する側面にも目を向けるべきではないかと思う。これは、高齢者になって経験してみないと分からないことではあるが。

 思えば、重力の加速度など知らなかった子供の頃が懐かしい。始終飛び跳ねて野外を自由に遊びまわっていた頃は実に楽しかったものだ。高いところから跳べば下に落ちるのはごく自然なことであって、私は何の不思議も感じなかった。重力などという概念を知らなくても、落下するのは当然のこととして理解されていた。

 ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を読んで、アリスが兎穴に落ちる場面では、初速度のままゆっくりと落下していく様子にわくわくしたものだ。アリスは落下しながら棚に置いてあるものを取り上げたり、また棚に戻したりしている。あれは明らかに重力の加速度など存在しない(あるいはゼロに近い)世界のようであった。

 子供たちが、そういう理解のまま軽い気持ちで高いところから飛び降りたりしたら、それはそれで大問題であるが、厳しい現実を知っている子供たちはそんな間違いを起こしたりはしないだろう。高いところに立つと本能的に恐怖心というものが湧いてくるからである。
 それなのに、何故か最近は学校の校舎の窓から、あるいはマンションの屋上から飛び降りたりする子供が増えてきているというではないか。

 思うに、我々は重力の加速度という概念を知ってしまった頃から、夢のある幸せな世界から厳しい現実の世界へと放り出されてしまったのではないかと思う。しかし齢を重ね高齢になるまでは、決して重力の加速度の本当の怖さを身にしみて感じることはないだろうと思う。
 重力の加速度の怖さを(重力のことなど気にもしない)若者たちに知ってもらうには、これはもう絶対に「アリスが兎穴に落ちる話」を持ち出して話すしかないと私は思うようになったのである。

 大学の教師をしていた頃、私はプログラミングの授業でアリスが兎穴に落ちる様子を表示する問題を教材として取り上げた。時間の経過とともに落下距離を求めて画面上にプロットしていくプログラムを作るのである。縦軸に落下距離(y)を、横軸に経過時間(t)をとり放物線状に表示してみる。これにより、急激に重力の加速度が増していく様を見ることができる筈だと考えたのである。しかし

という式をそのまま用いたのでは、余りにも急激に落下してしまい限られた画面上にうまく放物線を表示することができないことが分かった。そこで、加速度を表す係数 g を 1/10 にしたプログラムを作って用いることにした。


図:アリスの墜落プログラムの実行結果

 教育現場での話であるから「アリスの墜落死」という悲惨な結果にならないよう工夫し「アリスの墜落事故」程度で収めることにしたのである。

 人間は自然落下している間は重力を感じないが、落下して着地する瞬間にはそれまでの全重力速度に匹敵する衝撃を受けることになる。その衝撃の程度をこの実行結果からしっかりと読み取ってほしいと思ったのである。その結果、この地球上にいる限りは重力を普段少しずつ受けている状態の方が安全だということを分かってもらえる。重力は放射線と同じ様に少しの量なら良いが大量に受ける(浴びる)と危険である。同様に、重力は少量でも高齢者になるまで長期間受け続けると、これもまた危険なことになる(と、私めは信じるようになった(★))。

 そう信じるようになった経緯をここで説明しておこう。私の経験では、重力を長年受け続けるとその部位が痛くなることを学んだ。たとえば、立ち続けていると足の裏が痛くなる。膝が痛くなる。座り続けていると尻が痛くなる(これは本当につらい)。それなら寝ていればよいかと言えば、そんなことはない。背中が痛くなってくる。ところが起き上がれば痛みはなくなる(病院で診てもらってもどこにも異常はないという)。この痛みから逃れたかったら始終動いていると良いことを体験的に学んだ。寝ているときも時々動いていると良い(半分眠りながら寝返りを打つには、かなりの体力を要することも学んだ)。すべて動いていることが最大の防御になることが分かってきたのである。

 それでは重力による痛みに耐える(*1)にはどうすればよいか、一部重複するところもあるが以下にまとめてみよう。日頃の生活の中で重力による痛みに耐えるには、先ず筋力をつけることが第一である。しかしこれは高齢者には限界がある。そこで、できるだけ重力をまともに受けないように“重力を逸らす技術”を身に付ける必要がある。じっとしていると身体の特定の部位に重力が集中する恐れがあるので、できるだけ重力を分散させて身体全体で受け止める努力をするとよい。最も手っ取り早い方法は、前述した通り始終動きまわっていることである。
【注】(*1)重力に耐えられなくなると普通は重みが痛みへと変わっていく。足、膝、腰などに痛みが発生してくる。しかし痛みが発生しない部位もある。そういう場合は、何とかなるものだ。たとえば瞼が重くなったのなら開くのをさぼって細目で済ませばよい。上唇が重くなったのなら口をあまり開かずにしゃべる。多少、活舌が悪くなっても仕方がない。あるいは黙っているという手もある。女性は、そういう状態でもしゃべらないではいられない性格のようだ。男性も見習うべきであろう。

 普段から座り続けている人は、一定の時間間隔で立ち上がっては身体全体を動かすことが重要である。それを習慣化するため、私は“30分インターバル運動”というのを推奨している(【素歩人徒然(126)】参照(*2))。

 先日、私は高校時代の同期会に出席したのだが、参加者の中に数人だが杖を使っている方々がいた。それを見て私は「なるほど、重力を逸らすには最適の方法だ」と感じ入ったのであった。重力を3本の脚で受け止めて分散させているのだ。うまい方法ですねぇ~。

 実は、私も杖を持っている。同期会で会った連中の杖は太くて立派なものだったが、私が持っているのは5つ折りにできる安物である。これを常時肩幅程度に短くしておいて“護身用の杖”として用いている(【素歩人徒然(117)】参照(*2))。歩道を歩いているとき、突然やってくる暴走自転車から身を守るためのものである。これからは暴走自転車に備えるか、重力に備えるか とくと考えねばならなくなった。

 最後に、私が経験した出来事の内から今回のテーマに関連するエッセイを以下に列挙する。重力との関連性に触れたものは無いが、今から思うとすべて関連しているような気がするのである。
【注】(*2)
【近頃腹の立つこと(5)】「自転車」
【素歩人徒然(89)】「歩き方について」
【素歩人徒然(103)】「痛みについて」
【素歩人徒然(117)】「護身用の杖」
【素歩人徒然(126)】「30分インターバル運動」
【素歩人徒然(129)】「しっぽの痛み」
【素歩人徒然(136)】「机」
【素歩人徒然(143)】「私のボケ防止法」
【素歩人徒然(161)】「ウォーキング考」



(★)老婆心ながら・・・
 最初は冗談混じりの話でまとめる積りだったのですが、段々真剣になってきて真贋入り混じってしまいました。私の経験そのものに嘘はないのですが、身体の経年変化の原因を重力のせいとしたのは私の推測に過ぎません。

2018年10月1日月曜日

「私の本棚」をアップデートしました


http://www.hi-ho.ne.jp/skinoshita/wyoteiblog.htm

番号
新規登録
掲示日
参照
35  海外文学:ハックルベリー・フィンの冒けん  
2018-10-01 [掲示中]
36  特定テーマ月刊誌:大きな文字の文藝春秋(2013-9)  
2018-10-01 [掲示中]
37  プログラム言語:FORTRAN IV  
2018-10-01 [掲示中]


2018年9月26日水曜日

録画機能の活用法


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── 貴乃花親方の引退記者会見を見て


 リビングルームのテレビでは、丁度貴乃花親方の引退記者会見を放映しようとしていた。私は特別に関心があった訳ではないが、しばらく様子を見ていることにした。ところが、記者会見場になかなか本人が現れない。大勢の記者やカメラマンが待ち構えているというのに、この対応はいかがなものか。私は人を待たせるのが大嫌いで、この場面はどうにも理解できないことであった。

 これで本人が出て来て例のゆっくりとした口調で会見をやられたのでは、記者やカメラマンばかりでなくテレビの前で見ている人達もたまらないだろうなぁ。いや、そんな風にせっかちなのは私だけだろうか、などと考えていた。

 そこでせっかちな私めは、テレビの録画機能を使って時間の無駄を省くことにした。すぐさま録画指定をしてテレビの前を離れたのである。

 後刻、録画再生をして見ることにした。待ち時間は「スキップ」すればよい。「早送り」も有効だろうと考えていた。実際やってみると貴乃花親方のしゃべりは「2倍速」にすると普通の会話速度になった。やったぜ!
 その代わり今度は質問者の話が早過ぎて聞き取れない。結局、質問者の時は「普通速度」に切り替えた。

 親方のしゃべりの時は「2倍速」で、質問者の時は「普通速度」で、コマーシャルが入ると「高速スキップ」で、と見事な手さばきで音声を回復することができた。
 いいね! (あっ! ここ を押す場所じゃありませんよ)

 ニュース番組で紹介するときも、こういう処理をしてくれるとよいのだが。

2018年9月20日木曜日

建築の日本展


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── 建築の日本展を見て


 友人に勧められて「建築の日本展」を見てきた。
 日本の優れた建築技術を紹介するもので、六本木ヒルズ森タワー53階にある森美術館で開かれていた。そういう方面の知識に疎い私にとっては初めて知ることが多く大変勉強になった。

 日本の建築物と言えば、世界最古の木造建築と言われる法隆寺が有名であるが、現在では最新の科学技術と独創的な発想の妙、そして豊かな表現方法を駆使して建てられた構築物は海外でも有名である。ここでの展示物を見て、あらためて日本の豊かな伝統が現代の建築物にも営々と受け継がれてきていることを教えられた。

 入口の大きなポスターに「遺伝子」というキャッチフレーズが使われており最初は少し奇異に思ったが、縄文時代の住居等の遺物から最新の現代建築までその形質の系譜が綿々と受け継がれていることを表現したものであることが分かった。


入口の「建築の日本展」ポスター

 古代の出雲大社本殿は巨大木造建築だったらしいが、それの模型も展示されていた。
 特に印象に残ったのは、釘一本使わずに組み立てる日本の木工技術である。海外の人がこれを見たら驚くのは当然のことであろう。日本に来た外国人が、日本の古民家を買って住みたがる理由が分かったような気がしてきた。

 丹下健三氏の自宅住居が1/3スケールで再現されていたのも興味深いものだった。確か成城学園の近くにご自宅があったと記憶している。私は、近くを車で通った折に家内から教えられ、よい機会だと思い見に行ったことを思い出した。残念ながら車の中からは建物は見えなかったが、それを模型とはいえ見ることができたのである。


丹下健三氏の自宅住居模型
(展示会ウェッブサイトから引用)

 大阪万博のときに作られた東芝IHI館は、テトラ・ユニット(*1)を1,476個を溶接し立体的に組み上げられた巨大なドームであるが、そのとき使われた部材が展示されていた。ドーム自体は現存していない。
 その他、個人の邸宅や現在建築中の個人の家まで写真公開されていたのには驚いた。
【注】(*1)二等辺三角形の鉄板6枚を合わせた三角錐の部材
 千利休が秀吉のために建てたと言われる茶室 “待庵(たいあん)” が原寸大で再現されていた。待庵の説明ボードを読んでいて私は初めて気が付いたのだが、特定の区域は写真撮影が許されていることが分かった。待庵は撮影許可の出ている区域だったのである。私は最初から全区域撮影禁止であろうと思って、カメラを持たずに来てしまったことが悔やまれた。


待庵の全景

 悔しいのでスマホのカメラ機能を使って待庵の区域だけでもと思い撮影した。以下はその記録である。クリックして見てください。スマホのカメラ機能でも結構見られる写真になっています。


建築の日本展の記録



2018年8月31日金曜日

「私の本棚」をアップデートしました



http://www.hi-ho.ne.jp/skinoshita/wyoteiblog.htm

番号
新規登録
掲示日
参照
32  海外文学:アクロイド殺害事件     
2018-09-01 [掲示中]
33  数学:高木貞治 解析概論  
2018-09-01 [掲示中]
34  プログラム言語:APL\360  
2018-09-01 [掲示中]



2018年8月19日日曜日

私のサイン


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── 私の使っていたサイン


 最近、高木貞治著 増訂版「解析概論」を書棚から取り出して何となく眺めていたら、昔使っていた私のサインを発見しました。裏表紙を開くとその左上隅に斜めに書かれていたのです。


( 裏表紙の裏にサイン )

 【私の本棚(21)】「小松崎 茂の世界」でも触れましたが、私は小松崎茂氏のサインを真似て自分専用のサインをデザインしていたのです。学生時代はそれを使っていましたが、企業人になって海外出張したり、アメリカに住むようになってからはもっと簡便なものに変えてしまいました。

 実生活上でサインを多用する環境にいると、複雑で時間が掛かるものより素早くサインできるものが必要になります。

 たとえば、アメリカでは管理者は必ず週報(Weekly Report)を書きますが、職場ではそれが回覧で回ってきます。それを読んだら、自分が読んだことを示すサインと日付を、そして必要ならコメントを書き添えて次の人に回します(これが礼儀でした)。

 回覧の最終受取人はもちろん発行者になりますから、サインから誰が何時読んでくれたか、内容に問題があればコメントを通じて確実にフィードバックされます。このようにして日々の情報が共有されていたのです。これはメール文化が発達する以前の話ですが、誰でもが承知している慣行でした。現在のようにメール文化が進んだ環境ではどうでしょうか。別な面で、いろいろな弊害が出ているのは周知の通りです。

 また、自分のサインは誰が見てもそれと分かり、しかも他人には真似されないような単純なものが有利であることも学びました。余り複雑なサインは避けた方がよいのです。

 最近、トランプ大統領が「大統領令にサインする儀式」をこれ見よがしにやっていますが、あれは自分を必要以上に重々しく見せるためのものでこけ脅しのためのサインであるとも言えましょう。普通に使うサインは簡便なものに限ります。


( 私の昔のサイン )

 以前用いていたサインに出会い、昔の職場での出来事などを思い出しています。メール文化の申し子のような方々の感想を聞きたいものですね。

2018年8月1日水曜日

今日の日記から


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── 日傘デビュー


2018年8月1日(水) 晴 (猛暑日)

 今日は朝起きたときから心に決めていた。今日こそやってみよう。

 朝9時半頃 家を出るとき、私は(決然として!)日傘を差して出かけることにした。強い日差しを避けるためには男も日傘を使うと良いと以前からすすめられていたのだが、なかなか実行する勇気がなかった。しかしこの猛暑が切っ掛けとなり、私にもできそうな気がしてきたのだ(本物の日傘は持っていないので、小形の携帯傘にした。大形の雨傘はやめた方がよい)。

 人目は気にしない!(ことにした)。雨が降っていると思えばよいのだ。やってみると何の問題もない。普段は歩道を走る自転車が猛スピードで私の傍らを走り抜けていくので、何度も当て逃げされ怪我に泣かされてきたが、傘を差していると護身用の杖など必要ないことが分かった。


 ( 携帯傘 ) 

 雨が降っていると思えばよいと書いたが、やはり暑さは変わらないようだ。紫外線を直接浴びるのは防げるようである。傘を差したからと言って熱中症で倒れる危険性がなくなる訳ではない。しかし傘を差した男性の高齢者が倒れたら、これはニュースになるだろうなと思った。同情はされても、無謀だと叩かれることはないだろう。その位の差でしょうね、きっと。

 目的地に着くと傘を素早く畳む。ボタン一つ押せば自動で畳み込まれるタイプなのでスマートに操作できる。普段雨の時は、ここで傘を一振りして水滴を落とすのだが、そんな必要もない。その代わり私の方が(汗で)濡れそぼっているではないか。日差しは避けられたが、暑くて汗まみれになるのはやはり避けられないようですね。

 8月1日は、私にとって“日傘デビューの日”となりました。


「私の本棚」をアップデートしました。


  1. 海外文学:スコット・トゥロー           
  2. プログラム言語:プログラミング(ALGOLとFORTRAN)  
  3. プログラム言語:PL/I               
  4. スポーツ:'64 東京オリンピック          

2018年7月30日月曜日

ウォーキング考


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── ウォーキングをしながら考えた


▼運動に適した時間帯

 最近の異常な暑さのせいで、私は自分の日々の運動時間をどこに設定したらよいか迷うことが多くなっている。昔は早朝が一番のゴールデンタイムだった。特に夏場などは暑くならない内に朝の運動を済ませてしまうと、一仕事済んだような気持ちになり一日中満足感にひたれたものだ。

 歳を取るにつれて運動の種類は、サイクリングやジョギングからジョーキング([jog+walk]ing)へ、そしてウォーキング専門へと変わっていった。そして朝一番の運動は、夏冬を問わず身体には良くないという医療関係者の意見を取り入れ、今では昼間の時間帯に限ることにしている。紫外線が一番強い時間帯は避けるべきだという意見を聞けばすぐさま取り入れて、最近は午後3時過ぎから活動を始めるようになった。

 3時過ぎだと夏などはまだまだ日差しが強く暑い時間帯だが、普段から運動には慣れているので熱中症にはならないだろうと(特段の裏付けがある訳ではないが)自信を持ってしまっている。しかし高齢者の体力というのは、本人の自覚なしに急速に衰えるものらしいから、昨日まで通用した身体が今日はもう持たない事だってありうる。自信過剰のままこの暑いさ中に運動などして倒れたりしたら、それこそ世間から「非常識な年寄り」と見做され叩かれることになろう。

 そこへきてこの連日のスーパー猛暑である。年寄りの思い込みほど怖いものはないから気を付けよう。そう思って時間を更に遅らせ、夕方の6時過ぎから運動をすることにした。やってみると、厳しい日差しも陰り気持ちよくウォーキングができるようだ。多摩川のサイクリングロードに出ると、結構スポーツに励んでいる人たちがいる。大学駅伝の選手たちが4,5人のチームを構成し自転車の伴走者とともに一団となって追い越してゆく。そういう集団に3回程出会っている。今や夕方の時間が運動のゴールデンタイムになっているようである。しばらくはこの時間帯でいくことにしようと思う。


▼体内時計

 ウォーキング中に他の人に追い越されるのは慣れているが、だからと言って追い越されまいと負けじと頑張るような はしたない(?)真似はしないことにしている。しかし最近は女性にも追い越されるようになり、これは何か対策を講ずる必要があると思うようになった。お互いの歩測や歩幅を比べてみても、それほど差が大きい訳ではない。それなのに追い越された後はみるみる差がついてしまう。こちらは若い頃と同じような積りで歩いているのだが、それでもこの差である。この差は一体何が原因だろうか?

 私は、人間の体内時計の進み方には個人差があるのではないかとかねがね思っていた。つまり歳を取ると人間の体内時計は、若い頃より進み具合が遅くなるのではないか(*1)。
【注】(*1)私の体験によれば、
 「体内時計は加齢とともに遅れていく(木下仮説)」
 この仮説にしたがえば、すべての辻褄が合うような気がするのである。
 たとえば、若いときと同じような積りで歩いていても、遅れる時計を持っていたのでは結果として遅れてしまうことになる。齢をとると1年という時間が速く感ずるものだが、それは遅れる時計で測っているのだから道理である。子供の頃の1年間は長かったが、大人になると1年は驚くほど短く感じる。

 年寄りになって初めて知ったことなのだが、これは「そういう感じがする」と言う表現だけで済ませてよい問題ではないと思うのである。実は本当に遅くなっていると“考えるべき”ではないか。

 年寄りの動作が遅いのは、決して怠けているからではない。普段から精一杯「思考」し、精一杯「活動」し、精一杯「行動」している“積り”なのだ。コンピュータのサイクルタイムと同じように体内時計はその人の身体に最適なテンポ(tempo)で時間を刻みながら身体全体の活動を支えている。あの動作が、その人の身体に最適なテンポ(サイクルタイム)なのである。年寄りの行動を、そのような目で見て欲しいものである。


▼ウォーキング中の歩測と歩幅

 ところで、私はウォーキング中は歩測(歩速と書きたいなぁ)では負けていても歩幅では負けないよう普段から努力している。ラジオで医療関係者が言っていたが、横断歩道に描かれている黒白のライン上を歩くときは、白い線を踏まないように歩くことを指導しているそうである。

 私も試してみたがこれがなかなか難しい。歩道に一歩踏み出した直後は、ほぼ理想的な歩幅のような気がするのだが、次第に累積誤差が生じてきて横断歩道を渡り切る頃にはもう歩幅が足りないことが明確になってしまう。これ以上歩幅(*2)を広く取るのは自分には無理なようである。どなたか試してみられよ。
【注】(*2)歩幅というものは、自分の身長の高低により影響を受ける可能性があるから、この方法で一律に扱うのは無理ではないかと思う。私の身長は(大切な個人情報を惜しげもなく暴露すると)169センチ程である。最近の人間ドックの結果では、167.6センチと計測されている。2センチ近く短くなっているが、これは白衣の検査技師の前ではどうしても身の縮む思いがして身長が短くなってしまうからであると信じている。白衣高血圧になぞらえて、私はこれを“白衣萎縮症”と呼んでいる。



2018年7月1日日曜日

私の本棚(27):「ドナルド・クヌース先生の本」


 http://www.hi-ho.ne.jp/skinoshita/shef27.htm
:
 ・名著の初版本では ‥‥ ?
 ・TeX の発音の仕方は ‥‥ ?

2018年6月29日金曜日

David Griesのコンパイラ作成法


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── コンパイラ作成法


 私の本棚を紹介します。

 第26回は、デヴィッド・グリースのコンパイラ作成法の本を取り上げます。


 上掲写真は、
・Gries「Compiler Construction For Digital Computers」

です(詳細は【解説欄】を参照してください)。


▼驚き(その1):こんな本が売られている!
 MIT(Massachusetts Institute of Technology)の北側に“テクノロジー・スクエァ”という場所がある。その辺りには名前の通り多くの技術系の会社や研究所が存在していました。その一角にある とある研究所で、私は仕事をしていた時代がありました。昼休みになるとMITのCo-op内の書店へ行っては技術書を漁っていました。

 そこで発見したのがこの本です。当時、新しいプログラム言語のコンパイラー開発を担当していたので、仕事に直結する書物を捜していたところだったのです。当時はまだ「コンパイラ作成法」だけを直接説明している本などありませんでしたから、この本を書棚から発見した時は、心底驚きました。アメリカではこんな本が売られているのだ! と。

▼驚き(その2):簡単に本が作れるかも‥‥!
 もう一つ驚いたことがあります。それはこの本が、コンピュータ出力として当時見慣れていた“ラインプリンタ出力”そのものを印刷したものだったからです。当時コンピュータ技術者が、普通にドキュメントとして用いているものが、そのまま書籍になっていたのです。

 ラインプリンタ出力そのままでは、今の感覚ではさぞかし印字品質が悪いだろうと思うでしょう。確かに印字品質は最低だったでしょうね。でも、私の最初の印象は、我々技術者の書いたものをそのまま本にできるのだ、という素朴な驚きでした。

 当時は、本を作りたければ著者は原稿を手書きし、あるいはタイプで原稿を作り、出版社の側の編集者がそれを読んで手書きで修正します。その結果を著者に戻し最終原稿を仕上げるのです。その段階が済むといよいよ活字を拾う専門家に渡されるのが普通でした。そして、ゲラ刷りができるといよいよ校正作業が本格化していくのです。

 したがって執筆者の思いがそのまま正しく伝わり書物が出来上がるということは絶対にありえない事だったのです。本を作るのは、何度も何度もやり直しが必要となる難しい仕事でした。そして出来上がった本は、多くの人達の妥協の産物だったのです。それが、もしかすると著者の思いがそのまま本に反映できるのではないか、という夢のような希望が生まれてきた瞬間だったのです。

 これ以後、DTP(Desktop publishing、デスクトップ・パブリッシング)の時代になっていくのです。その意味では、この本は私にとって大切な、貴重な本なのです。


【解説欄】

▼David Gries「Compiler Construction For Digital Computers」

・表紙

 
 ( カバー付きの表紙 )     ( 本体の表紙 ) 

 


・目次


 ( 目次 1,2,3 ) 


・内容の例


( 内容 1 )     ( 内容 2 )     ( 内容 3 )




デヴィッド・グリース
David Gries
(Wikipedia から引用)



▼本の詳細
(1)Gries 「Compiler Construction For Digital Computers」:Copyright (c) 1971 by David Gries, John Wiley & Sons,Inc. ISBN 0-471-32776-X【初版本】