2013年7月2日火曜日

“つぶやき” は誤訳ではないか?

 私は Twitter を使ったことはないが、有用なツールであることは十分に理解している。しかし“Twitter”を“つぶやく”と日本語訳したのは間違いだったのではないかと思う。

 そもそも“つぶやく”というのは、自分の思いの一端がポロっと出てしまった時に用いる表現ではないかと思う。本来、人に伝える積りではなかったものが、心ならずも外部に発せられてしまったという感じである。したがって、独り言の一種ではないかと思う。誰もが最初はそういう理解のもとで、気楽に、自由に、そして(ある意味で)無責任に、発言している積りだったのに、実はそれが世界中に聞こえてしまうような環境で発せられていた、という重大性に誰も気が付かなかった。

 多くの人に自分の思いを正確に伝えるのは難しい。ましてや、つぶやき程度では到底無理なのだ。それが、現在世の中を騒がせている政治家、官僚、あるいは一部の有名人の引き起こす舌禍(筆禍)事件の原因ではないかと思うのである。

 有名人でなくても“炎上”という懲罰を受けることがあるから、私も表現には気を付けたいと思う。誤解のないように、詳しくは「つぶやきの病理」を参照してくださいネ。