2019年7月29日月曜日

私の本棚(41):コンピュータの数学


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── コンピュータの数学( CONCRETEコンクリート MATHEMATICS )


 私の本棚を紹介します。

 第41回は、Graham/Knuth/Patashnik/著の

CONCRETE MATHEMATICS
A FOUNDATION FOR COMPUTER SCIENCE
コンピュータの数学

を取り上げます。
 なお、既に紹介済みの本の一覧は の目次から参照することができます。


(1)「コンピュータの数学」
 この本は、1970年に Dr. Knuth がスタンフォード大学で開講した「CONCRETE MATHEMATICS」と呼ばれる科目の授業で使われたテキストをもとにしており、その完成までには多くの人々が貢献している。日本語版では、タイトルが「コンピュータの数学」となっている。

 
( 帯とカバー付きの表紙 )   ( カバー付きの表紙 ) 



 ( カバーなしの本体 ) 


【解説欄】

▼コンピュータの数学
 原著作は、タイトルのもととなった「Concrete Mathematics」という科目で16年間(1970年から1986年まで)の長きに渡って使われた講義ノートから作られたものです。受講したのは主に大学2年生からだったが、3,4年生も混じっており大半は大学院生であったという。後に、他の大学でも同様の科目が開講されるようになった。

 「Concrete Mathematics」を開講した最初の10年ほどは苦しい時期が続いたという。当時は大学のカリキュラム自体に疑問が提起されていて、大学のキャンパスでは議論が渦巻いていた。それまで長く認められていた価値に疑問が生じたのである。数学も例外ではなかった。「近代数学と、大学や高校で教えている“ソフトな知的がらくた(soft intellectual trash)”は、数学技量を弱体化させている」という批判論文が出されたりしていた。

 当時 Dr. Knuth は「The Art of Computer Programming」というシリーズ本の執筆を始めていたが、コンピュータプログラミングで必要となるのは、自分が大学で数学を専攻して学んできたものとは全く異なることに気が付いた。つまり、コンピュータプログラムを理解するには、新しい数学の必要性を感じ取ったのである。そこで、新しい科目を創設し、自分が大学で教えて欲しかった内容を自ら教えることにしたのである。

 最初は「抽象数学」に対する解毒剤として「Concrete Mathematics」(具象数学)という科目名にした。なぜそのような刺激的な名称にしたかと言うと、当時「抽象数学」の信奉者たちはそれ以外の数学は劣ったものであり、顧みる価値がないという誤った幻想を持ってしまっていた。一般化という目標が流行し過ぎて、定量的な問題の解決に挑戦することを重視し、手法の持つ価値を評価しなくなっていた。浮世離れした世界になってしまっていた。実世界とのバランスを保つためには、別に具象的な内容を扱う数学が必要とされていたのである。

 Dr. Knuth がスタンフォード大学で最初の授業に臨んだとき、「Concrete Mathematics」という科目名は、ソフトではなくハードな数学を教えることを表していると説明した。これを聞いて、土木工学科の学生たちが立ち上がって、そっと部屋を出ていった(*1)、と述べている。

【注】(*1)私は、これは Dr. Knuth 一流のジョークではないかと思う。なにしろ「コンクリートの数学」というタイトルなんですからね。
 Concrete Mathematics の授業は、繰り返すにつれてカリキュラムの中でも人気を維持していくようになる。その題材も堅固なものになり、新しい応用領域で価値あるものとなっていった。そして、連続系( CONtinuous )の数学と離散系(disCRETE)の数学をブレンドしたものと考えられるようになった。より正確には、Concrete Mathematics とは、問題解決のための手法の集まりを用いて、数学の表現形式を一定の規則の下で操作することである。

 いったんこの手法をマスターすれば、冷静な頭脳と一片の紙さえあれば、難しい外見の和の計算をし、複雑な漸化式を解き、データに隠されているパターンを発見することができる。代数的な手法に熟達してしまえば、特定の限られた場合にのみ成立する近似的な解で我慢するよりも、数式を用いて厳密な解を求める方がずっと楽になるはずである。

 しかし最近の離散数学という科目で扱っている題材に比べてかなり異なっているので、本書の名称を離散数学( Discrete Mathematics )とするわけにはいかない。そこで、「Concrete Mathematics」という名前が最も適切であると判断することになった。
CONCRETE MATHEMATICS コンクリート マセマティクス
 土木工学を専攻する学生たちにとって、これは大変な誤解のもととなったかもしれない。

▼内容
・見開き扉


( 見開き扉-1 )       ( 見開き扉-2 )      



・目次


( 目次-1 )      ( 目次-2 )      ( 目次-3 ) 


・各章をチラ見・・・


 ( 第1章 )       ( 第2章 ) 


 ( 第3章 )       ( 第4章 ) 

 ・・・・・       
( 第5章 )             

▼Eulerフォントについて
 本書で、数学を記述する際に用いられている字体は、アメリカ数学会(AMS:American Mathematical Society)専門委員会の委託を受けて新たに設計されたものである。この新しい字体は、スイスの偉大な数学者オイラーにちなんで AMS Euler と命名された。

 プログラムを読んだり書いたりしたことのある人なら誰でも経験していると思うが、数字のゼロ(0)と英字のオー(O)は区別が難しい。同様に数字のイチ1(1)と英小文字のエル(l)とはほとんど見分けが付かない。これらの問題を解決するため、Eulerフォントでは注意深くデザインされている。以下に示すEulerフォントの一覧表で数字ゼロを見て欲しい。ゼロを描くときの曲線が閉じられる上端部分が尖っているのが分かるであろう。


 ( Eulerフォント ) 

 本書(原書の方です)は、Eulerフォントを用いた最初の本である。

▼タイトル「コンピュータの数学」について
 本書は大変読みやすく出来ているが、唯一気になる点があるとすれば、日本語版のタイトルが「コンピュータの数学」となっていることである。私にはどうにも馴染めない。翻訳者も随分と悩んだ上で決めたのであろうと推測する

 Concrete Mathematics というカリキュラムから発した用語が、将来は「抽象数学」とか「純粋数学」とか古くからある分類と対比され、いずれは肩を並べるようになるかもしれないのだ。それには、もう少し洗練された用語を選ぶ必要があるのではないかと思う。

 「コンピュータの数学」のように間に“の”が入ると一つの用語とみなされない恐れがある。もしかすると、コンピュータの中の“数”の扱い方を学ぶための本かと思われてしまう。その証拠に、本書の帯には「コンピュータプログラムを理解するための“使える数学”」と書いてある。間違いではないけれど、これでは話が逆ではないか。問題解決のための手法の集まりを学び、それを駆使して情報処理に関する複雑な問題を解決するためのものと考えるべきであろう。


 ( 帯にある説明文 ) 

 “コンピュータ”という用語は、ここでは使わない方がよいのではないか。これからは、どんな機器にもコンピュータが組み込まれているのは当たり前のこととなり、あえてコンピュータなどと言う“古くさい”言葉は使われなくなるのではないかと思う。

 こうして考えていると「情報数学」とか「具象数学」とか、いろいろ案は出てくるが、既に使われているものが多いからそれを横取りする訳にもいかない。全く別の命名にするという手もある。クヌース先生は本書の前書き部分で「Concrete Mathematics はオイラーの数学である」と言っているから「オイラーの数学」はどうであろうか。オイラーが活躍した古い時代の数学と誤解されてしまうかもしれないが。


 ( オイラーの数学 ) 


 ( Eulerian Mathematics ) 

 連続系の数学と離散系の数学とをブレンドした数学という意味で「連離数学」というのはどうでしょうか。

 そう言えば昔、漢文で「天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」というのがありましたね。「れんり」という言葉の響きが気に入っているのです。

 やはり“コンピュータの数学”しかないような気がしてきました。

▼本の価格について
 私がこの本(日本語版)を購入したのは 1994-5-6 である。定価8,961円(本体8,700円・税261円)であった(*2)。かなり高価な本だったが、今でも、あのとき買って良かったと思う。もちろん、初版第1刷発行だから正真正銘の【初版本】である。

 この本は既に絶版になっているが、出版社にも在庫はないらしい。今から手に入れるとしたら、古本市場で捜すしかないようだ。インターネットで捜してみると、
 日本語版は、16,000円台から51,000円台まである。
 英語版の原書は数が多いのであろう、7,000円台から14,000円台までいろいろある。
【注】(*2)初版第7刷では 本体9,000円+税 となっている。

▼著者

   
Ronald L. Graham,  Donald E. Knuth,  Oren Patashnik


▼本の詳細
(1)「コンピュータの数学」:1993年9月1日 初版第1刷発行, 著者:ロナルド L. グレアム(Ronald L. Graham), ドナルド E. クヌース(Donald E. Knuth), オーレン パタシュニク(Oren Patashnik),
Japanese Edition (c) 1993, 訳者:有澤 誠, 安村通晃, 萩野達也, 石畑 清, 発行:共立出版株式会社, 定価 8961円(本体8700円), ISBN4-320-02668-3 C3041 P8961E 【初版本】

 ( 初版本 ) 

原書:CONCRETE MATHEMATICS, A Foundation for Computer Science, Copyright (c) 1989 by Addison-Wesley Publishing Company.



2019年7月17日水曜日

私の本棚(40):吉里吉里人


・ブログ (ドッと混む・Knuhsの書斎) から転載

── 吉里吉里人きりきりじん


 私の本棚を紹介します。
 第40回は、井上ひさし著の 吉里吉里人 きりきりじんを取り上げます。
なお、既に紹介済みの本の一覧は の目次から参照することができます。


(1)「 吉里吉里人 きりきりじん
 写真の帯からも分かるように、本書は第2回日本SF大賞を受賞しています(詳細は【解説欄】を参照してください)。


 ( 安野光雅画伯による装幀 ) 


 
( 表表紙 )          ( 裏表紙 )



 ( 重厚で豪華な装幀 ) 


【解説欄】

吉里吉里人きりきりじん
 東北地方のある村が、突然「吉里吉里国」として独立を宣言します。日本政府はこれに反発し、いろいろと策を講じますがどれもうまくいきません。吉里吉里国側は食料やエネルギーの自給自足、あるいは独自の金本位制を掲げて存続を計ります。その出来事の一部始終を記録係わたしが全28章にわたって詳細に報告してくれます。

 また、この独立国の国語である「吉里吉里語」(東北弁、いわゆる“ズーズー弁”)の会話はルビを駆使して表記されています。作中で『吉里吉里語四時間・吉日、日吉辞典つき』という小冊子の内容(の一部)が詳細に紹介されていますから、ズーズー弁の正しい使い方を学ぶこともできるようになっています。

 ここで、老婆心ながら一言注意を申し上げたい。これ以降を読みたい方は、貴方(貴女)の周囲に自分以外誰もいないことを一応確認しておいた方が良いと思います。何しろ“笑いの発作”が起こると止まらなくなる可能性なしとしないからです。顎が外れそうになり、涎を垂らしながら苦し気に笑いこけている姿など、誰も他人には見せたくないでしょうからね。

 正しい発音を習得できるようルビが振ってありますから、それに従って発音してみて正しいズーズー弁・・・いや吉里吉里語で話せるようになったことを確認できると、(私の経験では)自然に笑いの発作が起こってしまうのです。是非気を付けてお読みください。
 ルビに従って先ず読んでみましょう。次に、後半に出てくる中舌なかじた母音の発声法を習得した後で、もう一度、正しい吉里吉里語で、“声を出して読む”ことをお勧めします。

▼吉里吉里国歌
 以下に、吉里吉里国歌の歌詞(実は、これは2番の歌詞)です。

 ( 吉里吉里国の国歌 ) 


▼目次
 以下は目次です。全28章から成っています。


 ( 目次 ) 


▼冒頭の文
 「吉里吉里人」第一章の最初の書き出し部分です。この冒頭の文を一息で読み下す(*1)ことができれば、多分この分厚い「吉里吉里人」を最後まで読了するのはそれほど難しいことではないと思います。
【注】(*1)ただし、一息で読み下そうと無理をして、もし貴方(貴女)が健康を損ねるようなことになっても、当方は一切責任を負えません。

 ( 冒頭の長文 ) 

 なお、冒頭の文について関心のある方は【私の作文作法】(7)「冒頭の文の書き方」を参考にしてください。


▼吉里吉里語への翻訳事例
・「坊つちゃん」
 主人公が、夏目漱石の「坊つちゃん(*2)」の吉里吉里語版に出会う導入部です。吉里吉里語版のタイトルは「坊っちゃ(*3)」となっていいます。
【注】(*2)「坊つちゃん」のつづりに注目。夏目漱石の原作は“坊つちゃん”です(「つ」は促音ではなく「ゃ」のみが促音)

【注】(*3)井上ひさし作品では、夏目漱石の日本語版を“坊っちゃん”と表記しています
(「っ」も「ゃ」も促音)。翻訳版では“坊っちゃ”となっています(「つ」と「っ」の見分け方が難しい)

 ( 吉里吉里語による「坊っちゃ」-1 ) 

 ( 吉里吉里語による「坊っちゃ」-2 ) 

・川端康成の「雪国」の吉里吉里語翻訳


 ( 吉里吉里語による「雪国」 ) 

▼発音学習
・中舌母音の発声法


 ( 中舌母音-1 ) 


 ( 中舌母音-2 ) 

・濁音化と鼻音化の原則

 ( 濁音化と鼻音化-1 ) 


 ( 濁音化と鼻音化-2 ) 


 ( 濁音化と鼻音化-3 ) 


 ( 濁音化と鼻音化-4 ) 


▼著者


著者:井上ひさし氏

▼本の詳細
(1)「吉里吉里人きりきりじん:(c)1981, 発行:昭和56年8月25日, 15刷:昭和56年12月15日, 著者:井上ひさし, 発行者:佐藤亮一, 発行所:株式会社新潮社, 定価 1900円, 第33回読売文学賞, 第13回星雲賞, 第2回日本SF大賞を受賞, 日本図書コード:0093-302312-3162